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ダイコンおろし、じゃないだろう?

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■「大根おろし勝手に食べた」父が包丁振り回す
(読売新聞 - 11月23日 08:50)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1415735&media_id=20


この父親、恐らくは人格障害が想像される。
自己愛人格障害・・・かな。

私はかつて、自己愛人格障害だと確信した人間に3人会ったことがある。
それぞれ一時期は親しく付き合い、やがておかしな違和感を感じ始め、最終的にはお付き合いを断念した。

一人は一時期はそれぞれに離婚して一緒に暮らそう、とまで思っていた親友で、ある時期の反原発運動のリーダーでもあった。

数年間の付き合いの間に、段々と彼女が私を尊重しなくなっていくことに気がつき始めた。やがて彼女は常に私を彼女の踏み台のように扱うようになった。

きっかけはあっけなくやってきた。
ある年のクリスマス、私は彼女の子供達二人に、フリースのパジャマをプレゼントした。そのパジャマが、送り返されてきたのだ。
「我が家の子供達は、化学繊維のものを着ることはありませんので、お返しいたします」」というメッセージと共に。

彼女に悪意がないのは、明らかだった。ここまでではなくとも、これと同じような行為を、私はもう何度も経験していたからだ。

もう、ここまで。
その時に、私と彼女の関係はすべて終了した。

その後、私は強烈な不安発作にしばしば襲われるようになり、うつ症状が進行していった。
「これはもう、自分の力ではどうにもならない」
と働かない頭で判断した私は、とにかく掛かり付けの消化器内科の主治医に助けを求めた。
ちなみに私は、消化器系に難病認定された疾患を持っている。

主治医は普段は大学病院に籍を置き、日曜だけ特別に引き受けた患者だけの診療を、私が通院している病院で行っていた。

私は主治医の大学病院の精神科医を紹介された。
普段はオウム信者のマインドコントロール解除に係わっているその精神科医が私にくだした診断名は、「境界例人格障害」つまりボーダーラインだった。

私はこの時初めて、今までにずっと自分が抱えてきた、自分の生きがたさの正体を知った。

その後境界例について知るために読んだ「境界例と自己愛の人格障害」という本によって、彼女が自己愛人格障害だったと確信する。

その後、墨絵の抽象画を描くアーティストと知り合った。
彼女は素晴らしい才能の持ち主で、私は彼女に魅了された。

しかし、最初の頃には彼女のアーティストとしての才能だと思われていたことが、次第にどこか深いところで歪んでいる、彼女の自己愛とコンプレックスに深く関わっていることに気がつき始めた。

振りまわされるのは、嫌だった。
彼女とも、決別するしかなかった。

自分自身の人格障害と向き合っていけば行くほど、ある人間の、しかも本人自身すらそれとは気がつかない歪みが見えてきてきてしまうことは、皮肉ののようでもあったが、また私自身が自分の人格障害を制御していく方向として、大きな指針ともなった。

さらにもう一人も、やはり絵を描いている女性だった。
芸大で油絵を学び、親の残してくれたアパート付きの自宅で金銭的な不自由なく、絵を描く生活をしていた。
今ではもう70歳ほどになっているだろう。

変わった人ではあった。
時折美術展のチケットを入手すると誘ってくれるので、私たちはそんな時には連れだって出かけ、そして飲みに行った。

彼女がたわいないことで時折怒りを爆発させることには気がついていた。
例えばそれが酒の席の冗談であっても、自分が若くないことに触れられたり、ふっくらした体型に関することを言われただけで、突如体を震わせて怒り始めるのだ。

彼女はとてもおしゃれで、私が少しもおしゃれでないことを、いつも不思議がっていた。

気むずかしいところがある人、という彼女への評価から、彼女の自己愛人格障害を確信するにいたった根拠には、ある時期から人格障害としての彼女の症状が一気に進行していくのを目の当たりにしたことにあった。

私たちのたまり場のようになっている銀座の小さな店には、時折いわゆる有名人がやってくる。
評論家や落語家であったり、漫画家であったり。

私も一度、大ファンである文楽の人形遣い、桐竹勘十郎さんにお会いして、この時は経営者の配慮で紹介していただけたので、居住地の区が主宰した親子文楽教室で初めて文楽を見てから、どれほど勘十郎さん(当時は蓑太郎)の使う人形に魅了されたか、思わず発狂状態でしゃべりまくってしまったことがあったが、それでも勘十郎さんにお連れがいることは承知していたし、ほどなく自分の席に引き返した。

余談だが、この時の勘十郎さんのお連れが漫画家のちばてつや氏であり、他の男性客たちが「せめて握手だけでも・・・」と店主の進子ちゃんに懇願したとのことだったが、進子ちゃんは断固としてそれらの願いをすべて拒否したので、私は随分と「なんで美世子ちゃんばっかり・・・」と恨まれたらしい。

そのような店で、彼女は自分が見知った顔や、気に入ったものを身につけている客を見ると、平然と中に割って入り、いっこうに退こうともしないのである。私自身、親友のナカザワイクコとゆっくり話をするためにその店に行ったとき、イクコの着ていた羽織が気に入ったとべったりと私たちの間に入ってこられて、閉口して退散したことがあった。

当然彼女の周囲では、彼女が引き起こす人間関係上のトラブルが多発したが、一向に彼女はそれらを気にする様子はなかった。いや、気がついてさえいなかった。

人格障害が加齢と共に急速に進行していく、典型的な例だった。

偏屈な性格の人物が、加齢と共にさらに偏屈さを増していくことに対して、この時から「人格障害」が私の視野に入ってきた。
ただ私の知り合った人格障害者たちは、創作活動によって生き延びてくることができたのだろうし、また周囲にも許されてきたのだろう。

ある20代の男性から、「自分は自己愛人格障害がある」と聞かされたときには、その若さで自覚があれば、まったく問題なく生きていけるよ、と太鼓判を押した。

さて、今日のニュースである。

この父親の家族は、これまでにも散々この父親に振りまわされてきたことが、容易に想像できる。

私は直感的にこの父親が「人格障害」の持ち主である、と確信したのは、そのような理由からなのである。