どこまでも散歩道~志治美世子ウェブサイト

明日、そして今日。

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明日は月に一度の句会の日なのだが、突然親友の中澤幾子から「火曜日の国立劇場の歌舞伎のチケットが入ったぞ!」との連絡がある。

やれやれとばかりに、乳がん患者会イデアフォーの講演録と会報の校正が終わり、夫と買い物に行って見つけた美味しそうな生牡蠣と、大根下ろしたっぷりのサバの塩焼きで、昼間からワインで一杯やっていたときだったので、反射的に「もちろん行く!」と返事をしてしまった後で、句会があったことを思いした。

で、せっせと欠席投句用の句を、荻窪から帰ってきてひねくりだす。


  米をとぐ釜に底冷漉かしこむ

  鍋囲む距離の言葉の少なくて

  暖房を分かつ人なく読書かな


  雪椿 あなたの命が咲いてゐる

  冬日射す アルゲリッチの四手の音(ね)


荻窪には私の掛かり付けの病院がある。
去年、これまでずっと主治医だった消化器内科の医師が退職した。
その後任の主治医と、どうも上手くいかないのである。

ものの言い方が、とにかく頭ごなし。説明をしない。

私には持病の合併症であるぶどう膜炎があるのだが、
「検査しましょう」
「それらしき症状がでてから治療しても遅くはないんじゃないですか?
「とんでもない、検査はしなければダメです!」
結果は異常なく、目薬もらってお終い。

彼女が悪いのではない。
が、「ぶどう膜炎はこういうものだから、症状が出る前に検査しておいた方がいい」くらいのお話しは、こちらとしては欲しいわけですよ。

大腸の内視鏡の検査のときにも立ち会いはなかったし、知り合いの医者から検査でまるで問題ないポリープ切っては片っ端から生検回している現状とか聞いているし、「このポリープ、何だか変」とか「ポリープじゃないけれど、ここら辺りイヤな感じ」」とか見もしないで、どうやって検査結果に信頼おけばいいのか、こちらは分からない。

とにかくこちらの状況や生活など一切無視して、「晩酌を止めて精神科にかかれ」とか、なんとか視力の低下を防ぎ、集中力を維持しようとしている私に、「人間3,4日食べなくても、どってことありませんから」とか言い放つし、顔を合わせるたびに彼女に対して自分が心を閉ざしていくのが分かる。

で、どうしようかと夫に相談したところ、とにかくその病院のカウンセラー的な存在である牧師部のチャプレン(女性で私と同じ年、16年前に最初に入院したときからのお付き合い)に相談してみよう、ということになった。

で、判明したことが、現在消化器内科の専門医は彼女1人しかいないこと。
内視鏡検査には、別の医師が必ずたちあっていこと。
(しかし私は何の説明も受けていなかったので、検査技師がやっていると思ってしまっていた。知らない顔だと、どちらが検査技師でどちらが医師だとか、分からないし)

「移りたい別の病院がありますか?」
と聞かれたのだが、とにかくこの病院との付き合いは長いし、これまでに三度入院しているし、ここ5年間のカルテもらって転院しても、その間には血便程度の問題しか起こっていないし...。

まるきり知らない病院の知らない医師に、これまで私に起こったことなんてとても説明しきれないし、それこそ再燃するときには、あれあれってくらい、するすると症状が悪くなっていって、あっという間に動けなくなることまでいっちゃうのも分かっているし。

この病院であれば、すくなくともこうして話ができるチャプレンはいるわけだから、動きたくはないし、自分の感情的なもので騒ぎや混乱を周囲にまき散らすことは、それこそ本意ではない。

「私が消化器内科医が1人だけだという堀内先生(今の主治医)の現状を理解する、ということで、改めてやって行こうと思います」
と答えると、チャプレンの永田先生から、
「消化器内科医ではなくて、他の内科医でもよければ、志治さんのカルテを見せて、引き受けてくれるかどうか打診してみましょうか?」
という提案があった。

「堀内先生がご気分を害されないでしょうか?」
と聞くと、
「それは大丈夫です」
という。
「それではお願いします」
と時間が来て次の来客も待っていたために、席を立った。

まあ、こうして話を聞いてもらえるだけで、何とかなるような気もしてきたから、チャプレンの永田先生に会いに行った甲斐は充分にあったのだろう。

何も言えずに、ただ耐えているだけではますます苦しくなってくるだけだからな。

医師不足の現状も理解できるが、その現状を理解できるだけ、私などまだ救われているのだろう。
医療現場の事情をまったく知らない患者だと、ただただ苦しいばかりだろうし、「専門家だから」「医師だから」と一方的に頼り依存しなければならない患者は、さらにつらいだろうし。

まあ、現状で当分やっていくしない、と納得はできたので、よしとしよう。