どこまでも散歩道〜志治美世子ウェブサイト



葬儀に首相が来る、ということ。

昨年の8月13日に亡くなった田原節子さんの葬儀は、一週間後築地本願寺で行われた。

 私は最後のお別れが叶わなかったこともあり、節子さんの娘さんの綾子さんから連絡をいただいた折、お通夜と葬儀の両日ともに出席したい旨を伝えていた。

お通夜の日、新宿で俵萌子さんと待ち合わせ、私たちは築地本願寺に向かった。

日比谷線築地駅の地下鉄出口付近で萌子さんの患者会から参加した三人と合流する。

その中の誰かが、「小泉首相が来るんですって」と話していた。

「別に、小泉さんだってお焼香くらいするときもあるだろう」

それを聞いた私は、その言葉がわずかに浮ついているようなニュアンスを含んでいるように感じられ、一瞬の不快さを感じていた。

しかし、そのお通夜の場の尋常でないことは、すぐに知れるところとなった。

 元々が節子さんの夫総一朗氏の関係上、テレビ朝日をはじめとする講談社、集英社など大手マスコミが葬儀を仕切ることになるだろう、とは聞いていたのだ。

だからこそ、私は自分ひとりがひっそりと節子さんの冥福を祈りたい気持ちを持っていた。

萌子さんが「一緒に」と声をかけてくれたことは、その成り行きの中でのことに過ぎなかった。

築地本願寺の境内は、すでに各社の車、乗り入れたタクシー、さらにそれらを誘導するガードマンらであふれ返っていた。

会場への通路の一角には報道陣が群れを成し、誰彼かまわず通り過ぎる一人一人にシャッターとストロボの雨が降り注がれていた。

もちろん、私も例外ではなかった。

いったい私などに何の用があるというのだ?

私はただ下を向いて、その場を通り過ぎた。

マスコミ各社別の通夜客受付の台がずらりと並び、萌子さんと私は自分たちがどこに香典を出せばいいのか分からずにもたつき、一旦は会場の中に入ってしまうも、さらにまた入り口に戻り、ようやく「友人・知人」担当の受付を見つけ、不祝儀袋を差し出した。

会場中央の通路を挟んで、右側前列のご遺族、ご親戚のあとに並べられたイス席に座って読経を聞く。

通路の左側にはちらほらとテレビで見かける元首相、大臣、閣僚などの有名政治家たち。ただし、最前列2列はすべて空席だった。

と、突然黒雲のような集団が現れ、一団となって最前列2列をあっという間に埋め尽くした。


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