どこまでも散歩道〜志治美世子ウェブサイト



刻が逝き過ぎても

人はいつか死ぬ。
どんな生も、死も、まるごとその人間ひとり、そのものである。

失うことは、悲しい。
それはいつまでも癒えることのない、永遠の喪失である。

でも、悲しみと後悔。あるいは悲しみと無力感は、けっして一体のものでもない。

私はかつて失わなければならなかった大好きな人から、大きな悲しみをもらったのだが、それにも増して、はるかに大きな「この人と出会えた喜び」を与えられたのだ。

自分の生を貫くこと。
そして残され、生きていく、愛するものたちに、後悔させないこと。
それが逝くものの役目でもあるのだと。

それを私に教えてくれたのが、田原節子さんだった。悲しみは時に息苦しいほどであるが、それよりもなお、彼女と過ごした時間が、今も鮮やかに蘇り、いとおしい。

今はもう私のそばにいなくても、それでも大好きな人へ、贈る言葉です。



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